HRカンファレンス2018-秋[東京]の講演レポート
体験型企業研修によるイノベーション人材の育て方
~スキルに捉われない人間力を磨く~
日本の人事部主催「HRカンファレンス2018」プログラムより、地域での体験型企業研修を活用したイノベーション人材の育て方を紹介する。
本講演には65名の申し込みがあり、ワークを交えながら受講生同士のディスカッションも行われた。
また、サントリー食品インターナショナル労働組合の取組事例や、研修受け入れ先である公益財団法人 雪だるま財団(新潟県)、一般社団法人 そらの郷(徳島県)によるスピーチも行われた。
*以下講演内容をレポート
働き方改革が求められている背景
2100年、日本の人口は4000万人を割ると予測されています。
この数は明治時代と同じくらいなのですが、人口ピラミッドは正反対です。
人口ピラミッドとは、男女別に年齢ごとの人口を表したグラフのことですが、明治時代のグラフは、若者が多く高齢者が少ない正ピラミッド型になるのに対し、少子高齢化が進み、老年人口の割合が増えた2100年のグラフは、逆ピラミッド型となります。
政府は子育て支援の充実を経済政策の柱に据え、希望出生率1.8という目標を掲げています。
希望出生率とは、出産を希望する女性が全員出産した場合に達成できる水準ですが、実際の出生率は2016年で1.45と下回っています。
子どもが欲しい女性や夫婦が、なかなか希望を叶えられない状況にあることが、この数字から見て取ることができます。
100年後を遠い先と考えるのか、近い未来と考えるのか、みなさんそれぞれかと思いますが、人口、つまり消費者の数が減っていけば、市場も縮小していきます。
一方、福祉や健康の分野では、高齢化が進んだ日本だからこそ成功する事業やサービスも新たに生まれてくるでしょう。
経済学者の吉川洋氏は、先進国の経済成長は労働人口の増加ではなく、イノベーションによって生み出されると指摘していますが私も同感で、これからの経済成長のカギを握るのはイノベーションだと考えます。
イノベーションは技術面と市場面でのインパクトの度合いにより、四つの類型に分けられます。(※資料から図を転載)これら四つの類型のうち組織で可能なのは、無から何かを生み出すのではなく、現状の技術を改善していくイノベーションだと考えますが、そのためには、異なる価値観を受容して、異なるものを組み合わせていくことが必要となってくるでしょう。
20世紀は多様性を排除して、団結による結び付きで企業の生産性を向上させてきた時代でした。
しかし21世紀は、多様性を統合することによって生産性を向上させる時代となっていくでしょう。
数年前からダイバーシティという言葉がクローズアップされ、既に企業の中では多様性というキーワードは意識されているかと思いますが、多様性を意識した上で価値観を刷新し、さらに組織に浸透させる、というところまでに至った企業はほとんどありません。
そのような状況で注目したいのが、ホフステッド指数と呼ばれる国民性を表す指標です。
日本人は、この指標で示される不確実性回避(UAI)の傾向が強く、新しいことにチャレンジするのが苦手な国民性が示唆されています。
また、今まで減点主義で評価されてきた社員が管理職になって、いきなり創造性にあふれた働き方をしなさいと言われても、実行するのは難しい。
「働き方改革を進めてイノベーションを起こす」という目標を掲げても、日本全体でそれが難しい状況に陥っているのです。
入社してくる人物像を捉える
ここで、これから入社してくる若手人材の特徴を見ていきましょう。
私は今40代なのですが、20代、30代との大きな違いとしては、ネットやソーシャルメディアの影響が第一にあります。
発達心理学者のエリクソンは、青年期(12歳~22歳)の間に自己をしっかり確立して、周囲や他者とのコミュニケーションをとれるように成長することの重要性を指摘しているのですが、現代の若者は、SNSでの発言やLINEの既読でトラブルになるなど、ネットを通したコミュニケーションの弊害により、アイデンティティの確立が難しい青年期を過ごしてきました。
社会学では、親との関係性や自然・故郷の環境の中で、社会の一員としての基本的な行動様式を習得するプロセスを第一次社会化と呼びますが、現代の都市部で生活している若者は、この一連のプロセスを経験するのが難しい状況で生きています。
また、第一次社会化ができていないと、ここをベースに経験を積み上げていくことができないので、社会に出てからの自立が非常に困難になります。
このような若手人材を取り巻く背景を鑑みると、彼らの自立を阻む要因は、個人のパーソナリティの問題や努力不足ということだけではなく、社会的な背景があることが理解できると思います。
そして、第一次社会化ができないまま社会に出てきた若者を、どのように教育すればいいのかという命題にしっかりアプローチしていくことが、今後ますます企業にとって重要になってきます。
「気づき」のメカニズム~アイデンティティと「気づき」
企業の研修でも「気づき」という言葉はよく使われますが、何をどう気づけばいいのか、そこが難しいと、日ごろみなさんは頭を悩ませているのではないでしょうか。
例えば、新卒で入社したばかりの頃に会社で電話が鳴った時、どのように受け答えすればいいのか迷った経験はありませんか?
社名だけではなく、部署名や個人名も名乗るのが正しいのか、それとも違うのか。
そこで初めて、家庭の電話とは違う対応が必要なことに気づき、「こう言えばいいんだ」とか「これはダメなんだ」と学習する。
そして自分で良し悪しを判断したり、他者の評価を得た後に、「こうしてみると、もっといいのでは?」など、新たな問題意識が生まれてきます。
しかし、「馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない」というイギリスのことわざがありますが、気づいてほしい人ほど気づいてもらえないのが人材育成の難しさ。
そこで私たちが考えるべきは、「いかにして気づきを与えていくのか」というテーマです。
「気づき」のメカニズムには、信念も深く関与しています。
信念とは個人としての価値観や理想を含む主観的なものですが、これを仕事に当てはめて解釈していきますと、仕事とはどうあるべきかという個人的な理論、そして、その信念が歴史的な背景や社会とどうかかわっていくのかしっかり考えることができることが「気づき」には必要となってきます。
仕事の信念は、自分が直接体験したことがベースにあったり、同じ信念を持っている仲間が周囲にいると、変化しにくくなると言われています。
例えば、自社の社員と同じ価値観を持つ人を採用していけば、同じ信念や価値観が社内で共有できるので、社員の信念はより強くなっていきますし、気づく力も強まってきます。
信念は、自分のアイデンティティと強く結びつき、知識やスキルを生み出す基盤となります。
ですから、信念が確立している人は、経験から多くのことを学ぶことができますし、信念が育っていない人は、経験から学ぶことができません。
これは個人に限らず組織にも当てはまる話で、仕事の信念が確立している組織ほど、気づきによって成長していくことができます。
アイデンティティを確立させる体験型企業研修~どのように人間力を向上させるか~
教育思想家のジョン・デューイは、「真実の教育はすべて経験から生まれる」と述べています。
ネットの普及により、実体験よりも疑似体験の機会が増えていますが、これからの人材育成では、先に述べた第一次社会化で抜け落ちたものを補填する、という視点が必要です。
では、どうしたら補填できるのかというと、地域の自然や人との交流の中で、多様な価値観を享受することで、アイデンティティを確立して人格形成に厚みを持たせることができると考えています。
経験というのは単一のものではなく連続性があり、さらに相互作用がありますので、そういった意味で、仕事以外の社会環境との接点は非常に重要です。
職場ではどうしても利益中心の話になりがちですが、本気でイノベーションを起こしたい、イノベーションを起こす人材が欲しいと考えているなら、経営者や人事担当者などが、社員の気づく力を養っていく必要があります。
自分はどのような人間になりたいのか、自社の人材をどのように成長させたいのかを真剣に考え、計画的に行動し、未来のパーソナリティを作っていく。
そのような仕事を、みなさんと一緒にやっていきたいと私は考えています。
ここでご紹介したいのが、サントリー食品インターナショナル労働組合様の取組事例です。
サントリーの企業理念は「水と生きる」ですが、この理念を理解するために、弊社のプログラムや新潟県上越市・十日町市でのオリエンテーションを活用されています。
地域の方たちが、どのような価値観を持って活動しているのかを、自然の中のアクティビティや雪下ろしなどのボランティア、そして対話を通して知り、グループディスカッションをしながら自分や企業の価値観を確認して、地域への貢献に落とし込んでいきます。
これらの活動を通して、参加者の知識が「知っている」から「思う」に変化した結果、もともと持っている人間力が高められ、企業も成長していきます。(※ 資料より体験者の感想を転載)
東京大学大学総合教育研究センター准教授の中原淳氏の著書『人材開発研究大全』には、①組織の外部に出ていくことで、異なる価値観を持った他者と出会う ②その出会いが、自分が普段前提としている価値観を意識化し、その価値観を揺さぶる契機になる ③そのうえで、自らの組織に戻ることによって、「従来の慣行軌道」を問題認識 ④イノベーションの必要性を認識できるようになる、というプロセスによって越境学習の効果が表れることが記述されています。
日常生活の中で、自分の意識を客観視するのは難しいことです。
そこで、いつもとは全く違う環境で別の価値観に触れ、自分の価値観を客観視できる機会を提供するのが越境学習なのです。
まとめ
本講演では、イノベーション人材を育成するために必要な基本知識と、そのために有効な地域学習、越境学習について解説しました。
営利を追求する企業の論理とは相反する内容もあるかと思いますが、企業も地域も、そして個人も、人口減少社会という現状を認識して、その中で成長していくために必要なことを考える機会となれば幸いです。
私たちがどこまで人材教育にチャレンジしていけるのか、そして働き方を改革していけるのか。そのアクションによっては、2100年、人口減少社会のシミュレーションも十分に変えられると思っています。
人事担当者や経営者に取り組んでほしいのは、学び合い、考え合える機会を社員に提供すること、そして自分で考える力、気づく力を養ってもらうことです。グローバル化する世界で、今後日本は相当厳しい立場に置かれることを念頭に経営戦略を実現しなければなりませんが、その経営戦略を推し支えする人事戦略があってほしいと考えています。
最後に、イノベーション人材の育成ステップについて簡単にまとめます。
個人が多様な価値観に触れる機会を創出(インプット)し、それによって、アイデンティティを確立(気づく力の向上)する。
そして企業は、社会との接点を意図的に作り、組織としてもイノベーションを起こしていく習慣を身につけるのが理想です。
例えば会社で障害者を雇用する際、そこに至る背景や歴史、想いをまとめて社員に伝えることができるでしょうか。
このような場面で、個人だけではなく、企業のアイデンティティも確立できていることが重要になってきます。
これからのビジネスというのは、地域社会とどのようにかかわりを持って進めていくのかが大きなテーマとなります。そこに人事がかかわる時、社員に教育の機会を地域で提供することで、今の行動を未来の行動・パーソナリティにつなげていく実践をしていただけたらと思います。
川九 健一郎(かわく・けんいちろう)
ヒューマンアバンダンス株式会社(旧・株式会社ビジネス・サクセスストーリー) 代表取締役社長
観光庁 広域観光周遊ルート形成促進事業 専門家
企業に対する人事制度構築、役員制度改革、階層別研修、マネジメント研修、評価者研修など組織・人材教育体制の確立に従事。現在は、企業の組織風土改革を中心に、活動の幅を広げ全国での地方創生事業を手掛けている。仕組みづくりにとどまるのではなく、クライアントと共に“実践”をテーマに活動している。