【SDGsコラム】目指す指標がGDPからTEEBのような環境を含めた経済指標に変わる

SDGsやESG、これまでの工業化社会の社会環境では目にする頻度が少なかった目標や指標を多く目にするようになりました。

日本の資本主義社会では、これまで形成してきた経済価値が中心価値であり、それを表す中心の指標はGDP(国内総生産)でした。言うまでもなく、GDPは一定期間内に国内で産み出された付加価値の総額のことですが、今日でもマクロ経済の視点ではGDPについて一定期間の比較を行い、経済成長率についての議論が行われます。これについて、疑念をいだくことは少ないでしょう。

さて、みなさんは、SDGsやESGなどの持続可能な社会形成についての目標や評価指標と、資本主義社会を形成してきたGDPという経済指標について、共に語られることに違和感はないでしょうか。SDGsの実現や、福祉社会の実現に向けた活動は、経済価値のみでは括ることができません。

近年、様々な団体が生態系と経済価値を含めた指標を定義し、活動を拡げて行こうとする動きがあります。Human abundanceとして、注目し念頭に置いていますのが、TEEBという指標です。これからのビジネス社会で語られる指標は、TEEB(生態系と生物多様性の経済学(The Economics of Ecosystem and Biodiversity))のような経済指標になると考えているからです。

ただ、生物多様性と経済価値?この相反するような価値が合わさるのか、このもやもやったした、今一つ分かったような分からないような指標に社会が適応していくのかどうなのか、考えていきます。

株式会社の利益はどのように還元すべきか?

まず、「企業は誰のもの」の問いからはじめていきましょう。私が出席していたある講義でのやりとりについて思い出します。約50人の受講生に教授が問いかけました。この講義は社会人が通うビジネススクールでの講義ですので、比較的SDGsや持続的な経営について、熟慮されている方々です。

「株式会社は、事業運営において得た利潤を株主に還元するべきか、またはステークホルダー(顧客、納入業者、従業員、関わるコミュニティ)に還元するべきか」と。読者の皆さんはどのように考えますでしょうか。結果回答は、見事なほど50:50に割れ、株主に還元すべきが半分、ステークホルダーに還元するべき、に半分の回答でした。これが今の日本社会の価値観を表しているものでしょうか。

株主に還元すべきという考えは、会社が営業活動によって得た利益は出資者に還元されるもの、それ以外に利益分配するというのは、経営者は罪に問われるべきだという考えです。一方、ステークホルダーに還元するべきだという考えは、2019年8月に、アメリカの主要企業の経営団体であるビジネス・ラウンドテーブル(The Business Roundtable)などが、これまでの「株主第一主義」を見直し、従業員や地域社会などへのステークホルダーの利益を尊重するべきだとする考えです。企業の持続可能性についての議論の後の問いかけでしたが、50%の方は株主に還元すべきという主張になるわけですので、なかなか日本社会ではステークホルダーへの還元が浸透するには時間がかかるのでしょうか。

さて、どんな変化があったので、これまで「株主第一主義」を貫いてきたアメリカ経済の経営団体であるビジネス・ラウンドテーブルは、ステークホルダーへの利益を尊重するべきと意見を大きく変換させたのでしょうか。

投資家たちや、経済界の動き

これまでの社会においてもCSRという言葉で、企業の社会的責任について語られてきました。御社ではどのようなCSR活動を実施していらっしゃいますでしょうか。CSRレポートなどで、企業がどのようなCSR活動を行っているか、見ることができます。実行のレベル感で行くと様々ですが、企業活動の一部としては行われてきていることがうかがえます。

一方、CSR白書では、企業は社会課題に取り組むリソースは持っているが、その課題に触れる接点が圧倒的に足りていないと論じられることもありました。しかし、このCSR活動への不足について、社会や他団体から何か問われることはほとんど実施されてこなかったのが実状です。

そんな企業に、ここでだいぶ風向きが変わってきているのが、投資家たちの動きに変化が出てきていることです。アメリカ運用投資会社大手のブラックロックのラリー・フィンクCEOは、経営者に対して社会課題の解決に取り組むよう、投資家の立場から求めました。以下に、ブラックロックやCEOの情報を掲載します。

◆BLACKROCK (ブラックロック)

世界最大の資産運用会社
運用資産残高:約698兆円(6.46兆米ドル、2020年3月
末時点、1ドル=107.955円換算)

◆新型コロナ拡大により、2019年12月末時点から約108兆円残高が減少

◆比較/日本のGDP:約536兆円(2018年)、東証一部時価総額:588兆円(6月30日時点)
・資産運用、リスク・マネジメント、アドバイザリー・サービスを提供
・ブラックロックのパーパス(企業が何のために存在するのか、企業の社会における存在意義)は、より多くの方々が豊かな生活を送ることができるよう、サポートすること

◆ラリー・フィンク氏

出典:Black Rock ウェブサイト
投資信託・ETF・資産運用なら ブラックロック・ジャパン株式会社 (blackrock.com)

ブラックロック最高経営責任者(CEO)67歳
・1998年に資金10億ドルでファースト・ボストンの同僚7人と同社設立
・靴のセールマンと英語教授の両親の間に生まれた・民主党党員

<人物像>
・とても素直だ。じっくりと話し合えば、人となりがはっきり分かる(ホーム・デポ共同創業者 ケン・ランゴーン氏)
・社の誤りを認めることにも素直(ブラックロック元共同創業者 ラルフ・シュロースタイン氏)

<年別の主な書簡内容>
◆2020年度/金融の抜本的な見直し
*気候リスクは投資リスク
*株主への情報開示の改善
*責任ある透明性ある資本主義

◆2019年度/企業理念と収益*企業理念と収益は表裏一体
*世界が求める貴殿のリーダーシップ
*新しい盛大にとっての企業理念

◆2018年度/A Sense of Purpose
*新たなコーポレートガバナンス・モデル
*貴社の戦略、取締役会、企業理念

この投資家たちの動きが何を意味するかが重要です。これまでCSR活動については、定性的なIR情報の中に埋もれていた情報でした。しかし、これからは気候変更リスクに対する対応できない会社には、ブラックロックをはじめとする投資会社は、そのような企業には投資はしないと、大きな声になってきているということです。これがまさにESG投資の大きな流れです。

環境に配慮できない事業には投資はしない。それは企業経営の観点からは、調達コストの増加を意味します。ここが大きなポイントです。この厳しい市況のコロナ禍において資金調達をどのように健全に行うかは、経営の分かれ道です。これまでのように、ゆとりのある会社がやる社会的責任というCSRとは異なるものがESGなのです。
注:Environment Social Governance(様々な企業活動を評価するKPIであり、サステナビリティの観点から投資家や金融機関が注目する指標)

ビジネス・ラウンドテーブルの立場の変化は、投資家たちからの要請に応えるためにだけにとった立場ではないとしても、影響は少なからずあったことでしょう。

まとめ

TEEBは、「生態系と生物多様性の経済学」です。身の回りで、生物多様性が損なわれる、例えば、カエル一種が絶滅してもどうってことないと思われる方もたくさんいらっしゃると思いますが、その一種が絶滅することによる経済価値をどのようにとらえるのか。これがこれからの私たちの社会形成には重要なポイントです。すでにヨーロッパ、アメリカなどでは失った環境に対する取り組みを積極的に行ってきています。

投資家たちからの要請ではなく、環境やステークホルダーに配慮した経営をされている企業は現在でも沢山あります。しかし、日本では、投資家たちによる主張というひとつ強引な形で、環境と経済を組み合わせた指標が社会に組み込まれていくかもしれないことを、伝えてきました。企業を取り巻く社会環境の変化をどのようにとらえるかは、これからの企業の生き残りをかけて洞察眼にかかっています。

担当:川九

【参考】

環境省 自然環境局 自然環境計画課 生物多様性主流化室
※参考 「生物多様性の経済学」 馬奈木俊介、地球環境戦略研究機関 編者

TEEB-The Economics of Ecosystem and Biodiversity(英語)

公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES)

を参考に作成「自然の恵みの価値を計る―生物多様性と生態系サービスの経済的価値の評価」

生態系と生物多様性の経済学(TEEB)|生物多様性と生態系サービスの経済的価値の評価 (biodic.go.jp)